「邪馬臺(やまと)國=鷹羽國」説
    (福永晋三先生の倭歌が解き明かす古代史)


 (からす)()峠 = 神武・東征の地

烏尾峠は、福岡県飯塚市と同田川郡糸田町の境界にある峠である。俗に「カラス峠」とも呼ばれる。

鞍手郡誌(昭和 9 年発行版)・射手引神社社伝による神武東征の地 ( 東征コース  G:烏尾峠)

以下、『越境としての古代[6]』の「神武は、筑豊に東征した」より

烏尾峠(同) 靈烏を烏尾明神の出現といひ、カラスは八咫烏のカラスに同じ

 遥か後の南北朝の動乱においても筑豊における戦略上の要害である。前の鳥居と烏尾峠において、「鳥=烏」が頭八咫烏を指すことから、「飛ぶ鳥の明日香」において、枕詞「飛ぶ鳥の」は鳴き声「ア」を導き出し「明日香」に繋がるとした。
 また、神武東征後の頭八咫烏の領地を考慮して、最古の「飛鳥=明日香」の地を、「赤村」の地を見出すことにあった。
 この論稿の末尾に、拙論「飛ぶ鳥の明日香」を付しておく。

 福永晋三先生のタイトル「邪馬臺国の位置と年表」の資料 「 邪馬臺国の位置と年表改訂版 」の8ページに『121年 邪馬台国創始。二月、論功行賞。頭八咫烏、亦賞の例に入る。  求菩提山  英彦山 から川水系に沿って、今日の田川郡 赤村より烏尾峠辺りまでの「 飛ぶ鳥の明日香 」の地の領有を認められたしい。』の記述があります。

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