「邪馬臺國=鷹羽國」説
(福永晋三先生の倭歌が解き明かす古代史)
香春岳 = 倭三山、美和(三輪・御諸)山 ⇒ 畝尾山・耳成山・天香山
[三輪山(美和山、御諸山)は、三連山の香春岳(3つの円錐形の伝説より)]
※ 以下、福永晋三先生のタイトル『万葉集の軌跡「綜麻形」考』の資料「 へそがた考 」2ページより引用。
糸が円錐状に巻かれたものが「綜麻」であるなら、「綜麻形」は「円錐形」「三角形」の意味であり、古事記の
伝説と合わせても、「三勾の円錐形」の山だからこそ「三輪山」と呼ぶ のであって、それ以外の何物でもない。
『万葉集 一九番歌』の左注、いわゆる今案注が興味深い。筆者が、二番「天の香具山」長歌の反歌と考察した
一五番「豊旗雲」歌の今案注と同じ構文である。
つまり、菅原道真公の云う「字対雑糅」の例にほかならない。そうすると、一九番歌は、「三輪山」の語が
直接にはないが、「三輪山」の歌であり、最低でも三輪山に関連する歌であることになる。
■ 『万葉集 一九番歌』 三輪山の歌
■ 『古事記 崇神記』 三輪山伝説
<以下、『へそがた考』の2~3ページより>
万葉歌や三輪山伝説が実景描写であるなら、現実に日本国の地上に単純に「三輪の円錐形の山」があるはず
なのである。
■ 豊前国風土記の三峯の山
三輪山の名にふさわしい山が福岡県田川郡香春町にある。香春岳である。南から一ノ岳(315m、かつては
491m)・二ノ岳(470m)・三ノ岳(511m)と続く。
『豊前国風土記』逸文(宇佐宮託宣集)に記事があり、
「新羅の国の神、自ら渡り到来りて、此の河原に住みき。即ち、名づけて鹿春の神と曰ふ。又、郷の北に峰あり。
頂に沼有り。」
と記され、古代から香春岳そのものが神として奉祀されてきた。
記事は、第二の峯・第三の峯と続く。古代の一ノ岳の頂上に沼のあったことは、紡錘車の頂の穴を連想させ、
古代人の的確な描写を実感できる。この山こそ、大物主大神のます三輪山であったことは言を待たない。
奈良県の三輪山は移動した地名でしかない。一輪の山である。