「邪馬臺(やまと)國=鷹羽國」説
    (福永晋三先生の倭歌が解き明かす古代史)


 今山石斧製造所跡

 弥生中期(50~100頃)の石斧製造所跡で、北九州市の高槻石斧製造所、飯塚市の立岩石包丁製造所と共に石器製造の遺跡として、その工程分布から当時の分業、交易等を知る上で考古学上注目されている。
 熊野神社の背後で玄武岩の露出している付近は石斧のかけらが出土していた。

 今山産石斧の  流通地域図 を示す。

 「天神降臨」=「そらみつ倭国:虚見つ倭(山跡)の国」については、福永晋三先生のタイトル『 「天満倭」考-「やまと」の源流』の 資料(平成16年如月) 」の5ページに『記紀に書かれた「迩迩藝の命(瓊瓊杵命)」の天孫降臨も歴史事実だが、それは今山の石斧の地のことであり、  笠置山 へ降臨した饒速日尊ら本隊の別働して、 板付水田   菜畑水田 を侵略したものであろうと思われる。』の記述があります。

 天火明命(あめのほあかりのみこと)迩迩藝命(ににぎのみこと)は、  兄弟 

 長男「天火明命」と別に次男「迩迩藝命」が五伴の緒(五つの部族)を率い、竺紫日向之(ちくしのひむかの)高千穂(たかちほの)久士布流多気(くしふるたけ)に降臨した。(記)=(天孫降臨)

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