「邪馬臺(やまと)國=鷹羽國」説
    (福永晋三先生の倭歌が解き明かす古代史)


 「倭健命と香月君」の伝承が残る杉守神社/葛城山 = 葛城高岡宮

杉守神社のある岡が、「葛城山」。

杉守神社

 福永晋三先生のタイトル「万葉集の軌跡-倭歌が解き明かす古代史 鷦鷯(さざき)取らさね―蔽い隠された皇位継承戦争の悲劇」の資料「 雀取らさね 」の8ページに以下の記述があります。

 『日本書紀 仁徳紀』の[ 歌謡五四 ]中の葛城高宮は、『 香月世譜 』を実見したことから、北九州市八幡西区上香月 4‐2‐1 に鎮座する「杉守神社」の地であることが知られた。
 この神社には「倭健命と香月君」の伝承が残されていて、葛城氏は「かつきし」と読むのではないかということと、北九州に「葛城山」の残されていたこととが判明したのである。
 また、神功皇后紀に登場する「葛城襲津彦」は「香月君」の子孫であり、磐之媛皇后の先祖と思われる。

※ 古事記を読む-神武から景行まで(平成28年9月25日、於 添田町町民会館)の講演より

『古事記 綏靖天皇』

神沼河耳の命、葛城の高岡の宮に坐しまして天の下治しめしき。

 

※ 倭国大乱と卑弥呼(平成30年7月8日、於 福岡県立大学大講義室)講演より

綏靖天皇の陵
(やまと)桃花鳥田(つきだの)丘上(おかのうえの)(みささぎ)に葬る

田川市糒の菅原神社の後方の 天神山古墳 の4基中の1基と考えられる。

 

 <所在地のGoogelマップ>