「邪馬臺國=鷹羽國」説
(福永晋三先生の倭歌が解き明かす古代史)
※ 以下、古事記を読む-神武から景行まで(平成28年9月25日、於 添田町町民会館)の講演より
『日本書紀 崇神紀』 箸墓 の記述(卑弥呼の墓 に関する記述)
■ 「箸墓」の記述が、『天武紀』の「壬申の乱」の記事に出てくる。
是日、三輪君高市麻呂・置始連菟、當上道、戰于箸陵、大破近江軍。
箸陵のもとに戦ふ。
■ この「箸墓」の記述の前後に「大坂」の記述が出てくる。
於是聞近江軍至自大坂道、而將軍引軍如西。
大坂道より至ると聞いて、
然後、壹伎史韓國、自大坂來。
大坂より来る。
■ 岩波本では、この「箸墓」の記述と同じページに「神日本磐余彥天皇 の陵」の記述が出てくる。
於神日本磐余彥天皇之陵、奉馬及種々兵器。
※ 古代史フォーラム 古代田川に天皇がいた2 平成30年3月21日(水) 於 福岡県立大学講堂より
※ 「卑弥呼の墓と都」については、『倭国大乱と卑弥呼』(平成三〇年七月八日)他、新しい講演もご参照下さい。
<所在地のGoogelマップ>
*.平成筑豊鉄道田川線、赤村の内田駅の西隣にある巨大前方後円墳型地形