「邪馬臺(やまと)國=鷹羽國」説
    (福永晋三先生の倭歌が解き明かす古代史)


 生野神社(下関市幡生(はたぶ))= 穴門豊浦宮

 356年9月、神功は穴門豊浦宮に入った。豊浦宮は下関市幡生(はたぶ)に鎮座する生野神社と思われる。祭神が
仲哀・神功・応神であり、古代幡生湾が深い入江となっていて、軍港にふさわしい。
 神功が多くの軍船を出したとの伝承も残る。さらに、境内に 1500年前と推定される前方後円墳が残さ
れている。

 新説 日本(やまとの)書紀(ふみ) 第18回(9月15日)神功皇后②『豊浦宮で仲哀死し即位す』もご参照下さい。

 『 神功天皇・征西 』のページでは、穴門豊浦宮は  赤間神宮 および隣の  亀山八幡社 としていますが、
新たに生野神社を見つけられました。
 また、山口県防府市佐波に当てられている「周芳の沙麼の浦」は、北九州市東八幡区諏訪に鎮座する
 枝光八幡宮 周辺と考えられています。

 

 生野神社(旧、幡生八幡宮)御由緒

「写真」

 

 幡生古代地図

「絵図」

 古代幡生湾想像図

「絵図」

 

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